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【PHILIPPINES】Ease of Paying Tax Act(納税容易化法)の概要

2024.06.04

 2024年1月22日、納税手続きの簡易化を目的としたEase of Paying Tax Act(通称EOPT)が施行されました。続く4月12日には同法に関する6つの施行規則が公表され、15日後の4月27日より施行されています。
 EOPTでは、税務実務に関わる多くの事項に変更がなされています。本記事では、特にフィリピン進出済みの日系企業に影響の大きい事項に焦点をあてて紹介します。

1. 正規証憑のInvoiceへの統一

 従来のフィリピンの税法では、物品の販売に関しては「Sales Invoice」、サービスの販売に関しては「Official Receipt」が、それぞれPrimary/Principal Document(VAT申告のための正規の証憑)とされてきました。つまり、通常は物品販売では請求時に、サービス販売では領収時にVATが生じていたため、タイミングの違いによる理解の難しさや実務の煩雑さを招いていました。
 それがEOPTにより、物品販売かサービス販売かに関わらず、Primary/Principal Documentは「Invoice」*¹ に統一されることとなりました。したがって、物品販売は基本的に従来と変わりませんが、サービス販売を行う事業者は、今後はInvoiceを正式証憑として発行しなければなりません。従来もInvoice又はその代替となる請求書を発行していたはずですが、今後は必ず「Invoice」を名称に含む書類の発行が求められます。そのため、税務署でAuthority to Print(印刷許可証)を更新し、正式証憑としてのInvoiceを準備する必要があります。
*¹ 名称に「Invoice」の文言が含まれていれば問題なく、Sales Invoice、Commercial Invoice、Cash Invoice、Service Invoice等でも可とされています。

 なおEOPT及び同施行規則は「サービス販売」の観点から説明されていますが、「サービス購入者(受益者)」も購入時に取得すべき証憑が変更されることに注意が必要です。例えば、物品販売のみを行う製造業の場合、自社の販売面に着目すれば影響はありませんが、仕入・購入面に着目すれば、例外なくEOPTによってInput VATに影響が出てきます。
 Official Receiptは、今後はSupplementary Document(VAT申告のための補足証憑)と位置づけられ、従来のように正規証憑としては扱われなくなります。サービスの販売・購入時ともに、Invoiceを正式証憑として取り扱うように注意が必要です。従業員によるサービス購入(例:旅費交通費、会食、等)の精算時に必要となる書類もInvoiceが原則となりますので、従業員に対する注意喚起も必要です。

2. VAT還付申請のリスクベースによる分類

 日系企業にとって大きな関心事であるVATの還付申請についても動きがありました。従来、VATの還付には申請後のBIRによる監査及びその他の検証プロセスが必須とされていました。そのため企業側としては、長期に及ぶプロセスへの事務負担や税務の専門家等への外部委託費が必要となり、一方で結果的に部分的な還付しか認められないケースも多くありました。また、還付対象額が小さい企業においては、費用対効果の観点からやむを得ず還付申請を断念したケースも多く聞き及んでいます。
 それがEOPTにより、VAT還付申請を低リスク・中リスク・高リスクの3分類とする方針が示されました。リスクレベルに応じて監査及びその他検証プロセスの重みづけをすることで、還付業務の効率化を図る狙いがあります。今回公表されたリスクベースの分類、それに伴う検証範囲は以下の通りです。

リスクレベル

BIR指示書類の提出

売上/収益の検証範囲 仕入の検証範囲
必要 0% 0%
必要 50%
(詳細の規定は省略)
50%
(詳細の規定は省略)
必要 100% 100%

 
 留意点として、初回のVAT還付申請は自動的に高リスクに分類され、その後の3回も同様に高リスクに分類することとされています(つまり初回から4回)。5回目以降は各リスクレベルに応じた検証が行われ、例えば低リスクに該当する還付申請の場合は、検証プロセス無しで還付が認められると解釈できます。ただし、3回連続で低リスク分類の還付申請を行った場合は、次回の還付申請は再び100%の検証対象(=高リスク)となることには留意が必要です。

 なお以下4項目のリスク要因を主としてリスクレベルが判定されます。ただし定量的な基準は明らかにされていないため、現時点で企業が自身のリスクレベルを事前に判断し申請の実施を検討するのは難しいと思われます。
  1. VAT還付申請の金額
  2. VAT還付申請の頻度
  3. 税務コンプライアンス履歴
  4. 特定されうるその他のリスク要因

 EOPT及び同施行規則により、VAT還付申請に改善の兆しは見られます。しかしながら、初回から4回は高リスクに分類されて100%検証の対象となることなどを考慮すると、実質的には還付申請のハードルは従来と変わらないように見受けられます。今後のBIRからの更なる開示を待つと同時に、実際に還付申請を実施した企業の事例を通じて、動向を注視していく必要があります。

3. その他の主な変更事項

① 零細・小規模納税者への特別譲歩

納税者の売上規模に応じて、以下の4グループに分類する方針が示されました。

納税者区分

年間総売上/収益

零細納税者 Php3,000,000未満
小規模納税者 Php3,000,000以上 Php20,000,000未満
中規模納税者 Php20,000,000以上 Php1,000,000,000未満
大規模納税者 Php1,000,000,000以上

 
 零細・小規模納税者には、以下の特別譲歩が提供されます。特にペナルティ関連の影響額が大幅に軽減されますので、零細・小規模納税者に該当する企業にとっては、非常に前向きで効果の大きい変更と言えます。
  1. 法人税申告書の簡易化
  2. ペナルティの料率を25%→10%に引下げ
  3. 延滞利息を従来比50%削減(現時点で12%/年のため、6%/年になると解釈できる)
  4. コンプロマイズペナルティを従来比50%削減

 一方で、中規模・大規模納税者は上記変更の対象外となります。BIRは中規模・大規模納税者に対するペナルティを相対的に厳しくし、より効率的にリソースを配分する姿勢が伺えます。また現時点では零細・小規模納税者への特別譲歩のみが示された状況ですが、中規模・大規模納税者に対する具体的な施策が今後発表される可能性も考えられます。

② 会計書類保管期間の短縮

 すべての会計帳簿、会計記録等の会計書類の保存期間について、従来は施行規則No.17 2013に基づき10年間とされてきましたが、EOPTにより5年間に短縮されました。ただし、税金の還付/控除について未解決の抗議又は申請が存在し、それに関連する会計帳簿及び会計記録が重要な場合においては、たとえ5年を超過しても、それらが解決するまでは保存が求められます。

③ 申告・納税場所の自由化

 “File and Pay Anywhere”の方針が掲げられ、税務申告・納税場所が自由化されました。従来は、管轄の税務署域内のAAB(指定代理銀行)の特定支店等に納税場所が限定されていたため、特に納税面で不便な状況でした。また、誤って異なる税務署域内で申告・納税をしてしまった場合には、Wrong Venueとして25%のペナルティが課されていました。EOPTにより税務申告・納税場所が自由化されて、利便性が向上するとともに、Wrong Venueペナルティが廃止されます。

参照

弊社サービスの紹介

 朝日ネットワークスフィリピンでは、フィリピン進出時の会社設立サポート、設立後の会計・税務申告のサポートに加え、その他関連業務のコンサルティングサービスを提供しております。EOPT関連だけではなく各種ご相談を承っておりますので、ぜひお気軽に弊社までお問い合わせください。
 なお本記事は、EOPT及び同施行規則の公表内容に基づき執筆しておりますが、特に背景説明や日系企業への影響に関して筆者の私見が多分に含まれています。各社の状況によって必要となる対応が異なりますので、専門家等に個別にご相談ください。

朝日ネットワークスフィリピン 米国公認会計士 安藤拓也 tando@asahinet.ph